ソグド文字の解読 — 敦煌の古代書簡
◈解読に貢献した人物
敦煌莫高窟を清掃していた道士。1900年、第17窟(蔵経洞)の封じられた壁を崩し、数万巻の巻物を発見——千年近く閉ざされていた図書館だった。当初はその価値を知らなかった。
1907年、敦煌西方の烽火台の廃墟で五通の書簡を発見。同じ年、莫高窟第17窟からも約7,000点の巻物を英国へ持ち帰った。その一束に、誰も見たことのない文字が混ざっていた。
フランスの学者。1908年に敦煌へ到着。古典中国語に堪能で、学術価値の高い巻物を選別・収集してフランス国立図書館へ持ち帰った。敦煌書簡の1通は現在パリに、残り4通はロンドンにある。
1931年、古代書簡の最初の校訂・翻訳本を出版。
書簡の中の洛陽陥落への言及を手がかりに、作成年代を313〜314年と確定。
現代の標準校訂本を完成させ、ソグド語の文法・語彙を確立。
◈どのように解読されたか
ソグド文字はアラム文字から派生した子音中心のアブジャドである。学者たちは(1)アラム文字の字形と順序、(2)中期ペルシア語・パルティア語など親族中期イラン語の語彙、(3)書簡内部の歴史的事件への言及を突き合わせ、音価と年代を復元した。
◈実際に解読された文字
◈文字体系の図表
◈原文の全訳
敦煌古代書簡 五通(No.1〜5)
書簡No.1 — ミフナイという女性がサマルカンドの母へ:敦煌に足止めされ、帰る道が見えないという訴え。
書簡No.2 — 商人ナナイヴァンダクの報告:「洛陽はもうない」— 311年、匈奴の略奪で都市が崩れたという、中国の正史に先立つ記録。
書簡No.3 — 敦煌の取引所長が本社の会計担当者へ送った事業報告:どの商品をいくらで売り買いしたか。
書簡No.4 — ある商人が別の商人へ、約束の金を送るよう求める借金清算の要求。4世紀シルクロードの信用取引を証言する。
書簡No.5 — 家族の安否:誰が結婚し、子をもうけ、世を去ったか。
◈解読の前後の物語
ソグド文字は約1,500年間忘れられていた。シルクロード交易の共通文字だったが、ソグド人が歴史から消えると、誰もその文字を読めなくなった。
1907年、オーレル・スタインが敦煌西方の烽火台の廃墟で、封じられた書簡五通を発見した。ソグド文字はアラム文字から派生した子音文字(アブジャド)であることが知られており、中期イラン語の親族言語(中期ペルシア語・パルティア語)を手がかりに文字の音価を復元できた。ヘニングは書簡が洛陽陥落(311年)に言及していることから、作成時期を313〜314年と特定した。
書簡は4世紀のシルクロード交易と普通の人々の暮らしを生々しく証言した——サマルカンドの母へ送る娘の手紙、洛陽が落ちたという商人の報告、借金清算の要求まで。ソグド文字はウイグル→モンゴル→満洲へ続く、ユーラシア最長の文字系譜の出発点であることが確認された。


